|
 |
|
| プロフィール |
|
Author:ろじうさぎ
生まれ育った京都が大好きです。
歴史ある社寺仏閣には、中学生の頃から興味津々、おとなになってからは、京都の美味しいもんに夢現つ。 その京都の路地を、うさぎのように跳ね回っています。
愛する京都の魅力を、少しでも多くの人に知っていただければと、情報発信しています!
|
|
 |
|
| 祇園祭とは、京の町衆の祭り |
7月、京都は祇園祭モードに突入!
町のあちこちで、お祭りっぽく飾り付けされて。 BGMも、お囃子のコンコンチキチン♪でどこからか聞こえてくる。
そのムードに感化されたのか、コンビニに並んでいこの本に目がとまった。 京都の情報誌の、今週の特集タイトルが気になる。
夏です。祇園(祭)に、行きませんか?
行きます、行きます。 ってな具合に、買っちゃいました。
この雑誌の中には、私が知らなかった祇園祭の 地元人=町衆 の、 レアなお話がたくさん掲載されてました。
それも、わかりやすく、おもしろく。
その中から、いくつかをご紹介しますね。
祇園祭のスタートって?
祇園祭は平安時代に生まれたお祭りです。
貞観11年(869年)、大飢饉が京の都を襲います。 これは、牛頭天王(インドの神様)の祟りである・・・ (今では素戔鳴尊・スサノオノミコトと垂迹しています)
その際、当時の国の数である66カ国に合わせて、66本の鉾を立てて、 祇園社から神泉苑へ運び、その泉に流した・・・のが 始まりと言われています。
ここでいう鉾は、今の鉾とは違い6メートルほどの棒状で先が 諸刃の剣になった、まさに鉾です。 これは京都の各神社の祭り(藤森神社、粟田神社、滝尾神社、西院春日神社・・・)で、神輿とともに見ることが今でもできます。
応仁の乱で中止になった祇園祭は、町衆の力でバージョンアップして復興した!
祇園祭は応仁の乱で中止になったのですが、町衆の力で1500年に復興されます。
毎年賑やかになっていく鉾の巡行に対し、1533年、時の権力者が鉾を動かしては行けないというお達しを出します。 ところが、「神事これなきとも、山鉾を渡したし」と、自分たちの力=町衆の力で鉾を出し始めます。
これまで祇園御霊会(ごりょうえ)と呼ばれていた祭事が、祇園祭として町衆の祭りという側面を持ち始めるのが、この時です。
鉾が巡行できないように、道にしめ縄を張って結界をつくったようですが、それを切って鉾は進んでいった・・・そう。
そんな出来事の名残が、四条麩屋町の角で、長刀鉾の稚児がしめ縄を切ることで鉾の巡行の始まり・・・なのです。
祇園祭はふたつある?
先ほど「神事これなきとも、山鉾を渡したし」とありましたが、それ以来、祇園祭はふたつの側面を持つようになり発展しました。
いわゆる山鉾町における町衆の山鉾巡行の祭。そして八坂神社の主宰されている神が町を練り巡る、神輿の祭です。
このふたつが組み合わさって7月1日の吉符入から31日の夏越祓(なつごしはらい)までの1カ月間続きます。
山鉾巡行や、宵山などが有名ですが、17日の夜に八坂神社から出る神輿の巡行もまた祇園町衆の豪快な「粋」な魅力にあふれています。
神幸祭、還幸祭
鉾巡行後、夕方になると祇園社から御神輿が出てきます。
祇園町から大宮辺りまで神輿は動くのですが、これが面白いというか一切、 山鉾町を通らないのですね。 山鉾と神輿でそれぞれ氏子町が違うから。
これが「祇園祭はふたつの側面」であります。
17日に神幸祭として八坂神社を出た神輿は、御旅所で1週間鎮座し、 24日にまた氏子町を通って神社へ戻るのです。
|
|
 |
|
| カレンダー |
|
11
| 2008/12 |
01
| 日 |
月 |
火 |
水 |
木 |
金 |
土 |
| - |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
| 7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
| 14 |
15 |
16 |
17 |
18 |
19 |
20 |
| 21 |
22 |
23 |
24 |
25 |
26 |
27 |
| 28 |
29 |
30 |
31 |
- |
- |
- |
|
|
 |
|
|