京都・宮川町の町家 cafe ろじうさぎ 店主のブログ

大好きな京都を多くの人に好きになってほしくて cafe をオープンしました

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京の六地蔵めぐり 周山街道 「 常磐地蔵 」 と 「 常磐御前のお墓 」

正式には、臨済宗天龍寺派 常盤山 源光寺

歴史は古く、嵯峨天皇の皇子によって開かれ、後に後白河天皇が中興開山となり現在に至る。

そして今は宗派を超え地蔵信仰の 「 自由の総本山根本霊場 」 と山門に大きく看板が掲げられていました。

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優しく穏やかなお顔のお地蔵さんでした。

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こちらの「お幡」は、こちらの白色で他のお寺とは少し異なるタイプのお札。

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閻魔さんの裁判風景が描かれて額がお堂の上に飾ってありました。

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ここ源光寺は常磐御前の誕生地でもあり、晩年はこちらで庵を結んでいたということから、この地にお墓があるのでしょう。
この中央の「おにぎり」のような形をしているのが、常磐御前のお墓です。

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常磐御前は、絶世の美女でした。
九条院が召使を選ぶのに今で言うオーディションが行われたそうです。
1000人の美女を集めて、100人→10人と絞り込み、最後の一人に選ばれてのが、この常磐御前でした。

この噂が世間に広がり、源氏の棟梁であった源義朝が知り、その側室になった常磐御前は今若、乙若、牛若を生みました。そう、源頼朝、そして義経です。

義朝が平治の乱で敗れて殺されると、常磐御前は子供共々生き残るために敵方である平清盛に助命を願います。
その美貌と熱意を気に入った清盛は自分の側室として迎え入れます。
ここで生き残った源頼朝、義経によって、後に平家滅亡と向かうのです。

子供を連れて生きるためには敵方にも願い入れる、その母の強さは今も昔も同じですね。

常磐御前の最後は奥州へ落ち延びた義経を追って途中で亡くなったと伝えらています。
悲しい最後ですね。


境内は草木が茂る自然そのもの?

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ここ源光寺は、京福電車・北野線 常盤駅から徒歩5分ほど、アクセスは便利ですね。
車はちょっと難しい?
貸切タクシーも常磐駅の近くで待機されてました。
お寺の前は駐停車もできないほど、道路は細くて、車の往来も激しいかったです。


源光寺 ( げんこうじ )
京都市右京区常盤馬塚町
TEL 075-872-8157

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  1. 2009/09/07(月) 20:31:24|
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春季京都非公開文化財特別拝観 妙心寺塔頭・麟祥院 ( りんしょういん ) 2009年 5月 1日

麟祥院( りんしょういん )は、寛永11年(1634年)に、徳川三代将軍家光が、乳母であった春日局の追福のために建立された寺院です。

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方丈には、春日局ゆかりの海北友松 ( かいほうゆうしょう ) の息子・友雪 ( ゆうせつ ) によって描かれた水墨画が描かれています。

その中の「 雲龍図 」は、先日国立博物館で拝見した「 雲龍図 」と ” 対 ” のモノでした。
博物館に出陳中してあったのが、耳が垂れて優しい顔をしたメスの龍で、こちらで拝見したモノは、迫力のあるオスの龍でした。

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春日局の幼名はお福。そのお福が父を亡くした後、養父となったのが海北友松。

海北友松の息子・友雪(忠左衛門)は、海北の名を名乗ることをはばかり、売り絵師として生活していたが、それを知った春日局は友雪を江戸に連れて行き、狩野派門下で修行をさせた。
その甲斐あって、家光に多くの品々を拝領するほどに成長した、ということです。

春日局の友雪への厚情は、養父・友松への恩返しであったのでしょう。


お庭にステキな紅葉がありました。
二本の紅葉が寄り添っているように立っています。
左の少し小さい種を付けているのがオンナノコで、大きいのがオトコノコ。
別々に立っていた紅葉が、いつしか寄り添うようになったそうです。

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【 御霊屋 ( おたまや )】 春日局の木像( 小堀遠州作 ) が安置されています。
後水尾天皇が春日局に下賜した御所内の釣殿です。

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「麟祥院」とは、春日局の法名で、そこからこの寺院の名はあります。
・・・ですが、お墓は東京の湯島にある同じく麟祥院にあるそうです。

屋根瓦には、春日局の嫁ぎ先である、稲葉家の家紋が入っていました。

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妙心寺の公式ホームページは、こちらからご覧ください。


  1. 2009/05/08(金) 02:17:19|
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 「京の冬の旅」文化財特別公開 妙光寺 その2   2009年 2月 14日

臨済宗建仁寺派・妙光寺。

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京焼・清水焼の祖・野々村仁清(ののむら にんせい)のお墓は、この赤門の奥にあります。

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現在妙光寺は大復興で、この墓所も少し移動されたのでは?と思う程、他の墓石と共に綺麗に並べられていました。 意外なことに他の墓石よりもとても小さな墓石でした。

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そして方丈から野々村仁清のお墓に至るまでに、このような洞穴があります。

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これは、ここ妙光寺は幕末の頃勤皇派のアジトでもあったらしく、勤皇の志士達が逃げるために造られた洞穴だとか。
今はこの通り立ち入り禁止ですが、この洞穴、どこまで続いているのでしょう・・・。

すぐ横には、村上天皇陵があります。

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正覚山 妙光寺 
京都市右京区宇多野上の谷町
TEL 075-463-0780
市バス「福王子神社」下車 徒歩約10分


 「京の冬の旅」文化財特別公開 平成21年1月10日(土)~3月18日(水)
詳細は、こちらからご覧ください。

  1. 2009/02/25(水) 04:30:25|
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 「京の冬の旅」文化財特別公開 妙光寺 その1   2009年 2月 14日

臨済宗建仁寺派のお寺で、弘安八年(1285)を法燈国師を開山とし、室町時代には京都五山十刹の「十刹八位」に列せられた格式の高いお寺です。

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当時は広大な敷地に、立派な伽藍が並んでいたようですが、今では方丈と庫裏が残るのみとなっています。

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方丈には三種の神器を一時奉安したという「神器(じんぎ)の間」があります。

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明治以降は住職がいない無住の時期が続いていて、かなり荒廃しておりましたが、現在は大復興がなされている状態です。このお庭も当時をイメージして、「二石の庭」を復元作庭されたそうです。

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白砂の枯山水庭園は、ゆるやかな時間が流れる優しいお庭だとか・・・。

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こちらは、中庭です。

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開山・法燈国師は、宋に渡り禅を学び、日本の禅宗に多くの影響を与えただけでなく、宋から味噌醤油の技法を日本に伝えた日本の食文化にとっては欠かせぬ方です。

また尺八を吹きながら旅をする虚無僧(こむそう)で有名な普化宗の祖でもあります。この日も、東福寺・塔頭 明暗寺の虚無僧の方々が尺八を吹いておられました。

そしてこの妙光寺は、国宝「風神雷神図屏風」の”ふるさと ”

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応仁の乱以降荒廃したこの妙光寺も、寛永十六年(1639)、中興開山となった三江紹益(さんこうしょうえき)和尚が、敦賀の豪商・打陀公軌(うだきんのり)の援助で再興しました。

この時、打陀公軌が再建祝いに俵屋宗達に依頼したのが、この国宝「風神雷神図屏風」です。
その後「風神雷神図屏風」は妙光寺にありましたが、1829年に当時の住職が建仁寺に移った際、本山の建仁寺へ上納されました。

そして今回公開されている「風神雷神図屏風」は、織物で織られたレプリカです。
昭和30年代後半に東京で織られたものですが、近くで見ないと織物とはわからないほど、巧妙な作品です。

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自然光で柔らかく照らされた屏風は、現在本山建仁寺にで展示されているデジタルのレプリカより、余程素晴らしいと思います。


正覚山 妙光寺 
京都市右京区宇多野上の谷町
TEL 075-463-0780
市バス「福王子神社」下車 徒歩約10分

 「京の冬の旅」文化財特別公開 平成21年1月10日(土)~3月18日(水)
詳細は、こちらからご覧ください。



  1. 2009/02/24(火) 01:55:02|
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プロフィール

ろじうさぎ

Author:ろじうさぎ
生まれ育った京都が大好きです。

 歴史ある社寺仏閣には、中学生の頃から興味津々、おとなになってからは、京都の美味しいもんに夢現つ。
 その京都の路地に、京都好きの人が集うカフェをオープンしました。

 愛する京都の魅力を花街・宮川町から、少しでも多くの人に知っていただければと、日々お越しいただいたお客様に熱く語っています!

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